【必ずお読みください】 この記事は、先天性心疾患(単心室症)を持つ筆者の個人的な体験談であり、医学的なアドバイスではありません。 運動の可否や許容範囲については、病状によって大きく異なります。必ず主治医の指示に従ってください。
「運動制限」と言われても、具体的にどこまで動いていいのか、悩みませんか?
「無理しないでね」という言葉は優しいけれど、その「無理」のラインがどこにあるのか、私たち自身も手探りなことが多いですよね。
実は私(障害者手帳1級、単心室症)、子供の頃は空手を7年間も続けていました。
でも一方で、学校の持久走や鉄棒は大の苦手でした。
「できること」と「できないこと」が極端だった子供時代。 そこから学んだのは、「数値やルールよりも、自分の『嫌だ』という本能を信じていい」ということでした。
今日は、私がどうやって自分の体を守っているか、その「感覚」と「大人の休憩術」についてお話しします。
【体験談】身体が教えてくれた「できる」と「できない」の境界線
振り返ってみると、私の身体は頭で考えるよりも先に、「これは安全」「これは危険」というサインを出してくれていました。
7年続いた空手と、ドクターストップの記憶
意外に思われるかもしれませんが、私は小学2年生から中学3年生まで、7年間も「空手」を習っていました。
心臓病なのに空手?と思われるかもしれません。 でも、私が続けていたのは、相手と戦う組手ではなく、一人で演武を行う「型(かた)」が中心でした。
「型」は、自分の呼吸で動くことができます。激しい動きの後に、ゆっくりと息を整える「間(ま)」がある。この「自分のペースで呼吸ができる」という点が、私の心臓には合っていたのだと思います。
※空手は流派によって異なります。
しかし、終わりは突然訪れました。 中学3年生の時、主治医の先生が代わったタイミングで、こう言われたのです。
「もし胸にパンチが入ったら大変だ。心臓への衝撃が危険すぎるから、辞めなさい」
自分では「できているつもり」でも、医学的なリスクは別にある。 それは私にとって、「体力的には大丈夫でも、物理的な衝撃というリスクからは逃げなきゃいけないんだ」と学んだ、最初の大きな挫折であり、大切な教訓でした。
本能が拒否した鉄棒・持久走・球技
空手は正直辛い部分が多かったものの学び甲斐があった一方で、学校の体育には「大嫌い」なものがたくさんありました。
特に苦手だったのが鉄棒・持久走・球技です。
鉄棒でお腹にグッと力を入れて踏ん張る動作(いきむ動作)をすると、本能的に「あ、これ怖い」と感じていました。それとアスレチックでの遊びも苦手でした。
また、バスケットボールや持久走、普通の鬼ごっこのように、「他人のペースで走り続けなきゃいけない運動」も苦痛で仕方ありませんでした。
逆に、卓球やバドミントン、遊びで言えば色鬼(色を探す間に休憩できる鬼ごっこ)やかくれんぼは大好きでした。
子供の頃は単なる「好き嫌い」だと思っていましたが、今なら分かります。 あれは「嫌い」なのではなく、身体が「その動きは心臓に負担がかかるよ!」と全力で拒否していたサインだったのです。
成人先天性心疾患の私たちは「疲れた」をもっと信じていい
子供の頃は「嫌だ!やりたくない!」と言えましたが、大人になるとそうはいきませんよね。
仕事や家事、友人との付き合い。「みんなと同じようにやらなきゃ」「少しダルいけど、これくらいなら…」と、つい無理をしてしまっていませんか?
私もついつい健康な人と合わせてしまい、身体に無理してしまうことも多々ありました。
「数値」はあくまで答え合わせ
最近はスマートウォッチ等で心拍数などを管理している方も多いと思います。私もApple Watchを愛用しています。
でも、私が一番大切にしているのは、Apple Watchの数値ではありません。 一番信頼しているのは、私自身の「あ、なんか疲れたな」という感覚です。
数値が正常範囲内でも、自分が「しんどい」と感じたら、それは絶対に「休み時」です。
私は、自分の感覚を信じるための「答え合わせ」としてApple Watchを使っています。 なんとなく身体が重い時、血中酸素ウェルネスアプリで測定してみるんです。すると、やっぱり数値が少し下がっていることが多い。
「ほらね、やっぱり下がってる。気のせいじゃなかった」
そう確認することで、「これはサボりじゃない。身体が酸素を欲しがっているんだ」と自分を納得させ、罪悪感なく休憩を取ることができます。
※最近はスマートウォッチに限らず、スマートリングが人気だそうです。
スマートウォッチの締め付けが苦手な人は是非下記リンクから覗いてみてください。
「休む」ことはサボりじゃない
私たちにとって「疲れたら休む」ことは、甘えでもサボりでもありません。
それは、生きるための「本能的な防衛」です。
子供の頃の私が、走り続ける鬼ごっこではなく、休憩のある「色鬼」や「高鬼」などを無意識に選んでいたように。 大人になった私たちも、自分の本能に従って、堂々と休んでいいんです。
「周りに迷惑をかけるから」と無理をして倒れてしまうより、「いま、ちょっと休むね!」と明るく座り込むほうが、結果的に長く動き続けられます。
まとめ:自分の「センサー」を信じよう
私の運動歴はあくまで一例です。マット運動が合う人もいれば、が合う人もいるでしょう。
でも、共通して言えるのは本能的な『疲れた』『嫌だ』は絶対的なサインだということ。
まずは、自分の身体の声を信じてあげてください。 そして、「自分の感覚だけだと不安…」という方は、私のようにApple Watchやパルスオキシメーターなどのデバイスを「自分を守るお守り」として持っておくのもおすすめです。
自分のペースを守れるのは、自分だけ。 数値よりも何よりも、あなたの「本能」を大切にしてあげてくださいね。


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